【途上国】国際協力とはなにか②【見下してる?】

現地活動-バヌアツ-

バヌアツに来てもうすぐ1か月になろうとしているところですが、段々と「日本人の、バヌアツ人に対しての評価」が見えてきました。

働かない

時間通りにこない

自分たちじゃ改善点を見つけられない(私たちが教えてあげなきゃ)

計画、プロジェクトが進まない

いろんな人がいろんなことを言いますが、大体こんな感じです。

助けてあげるという名目のもと、他所から私たちがやってきて、勝手にイライラしていたり、(無自覚に)ちょっと見下していたり…

そう言っている彼らに悪気はなく、むしろ彼らのような人たちが、プロジェクトを動かしていく、重要なキーパーソンになっていくことは重々承知しています。

そうだとしても、私はこの類の言葉を聞くたびに、違和感を覚え、自分自身も傷つけられるような感覚になります。

なぜこんなことが起こってしまうのか。

(国際協力は一方的なものではなく、その土地の価値観を尊重してとかなんとか、 訓練中にもさんざん言われた気がするのだけれど、どこにいった多様性…)

このことについて、隊員の一人と話していた時に、答えの一つが見えてきました。

他人と自分の境界線。

それは「自分と他人との間に、絶対的な一線を引けるか引けないかの差」です。

つまり、自分(日本人あるいは先進国側)と他人(バヌアツ人あるいは途上国側)を全く別の人間だと、自分の中で境界を引いているひとは、

上のような発想になりやすいのではないか、という考えに至りました。

彼らは、「もし自分からバヌアツに生まれていたら、 バヌアツ人と同じような働き方、考え方になっていただろうな」とは恐らく考えないでしょう。

働かないように見えるのは、この国の環境に適応した結果であり、怠け者だからではないと考えています。

確かに外国からの支援慣れしている側面はあるけれど…それも含めて彼らが自分たちの国に適応した結果です。

バヌアツ人が、自分たちでは改善点を見つけられないのではなく、究極的に困っていなければ、改善点を見つける必要がないのかもしれません。

だから、そこに問題意識がなければ、いくら外側から働きかけたところで、プロジェクトが進まないのは当然と言えば当然だと思います。

↓↓バヌアツ人の死への問題意識や、何故プロジェクトがうまくいかないのか少し触れてます。よかったらどうぞ。↓↓

【幸せの定義】国際協力とはなにか①【死生観】
「国民の死に対する感度が変わらなければ、この国が発展していくことは難しい」到着初日、現地職員の方からこんな言葉を言われました…神様からのお迎えがあった…この考えがベースにあるためか、「問題」を解決しようとしても、なかなか上手くいかないことが多いといいます…

 

彼らには彼らの時間が流れています。

この国の人たちが、困ったときに手を差し伸べられり、彼らと共にゆっくりと、一緒に成長していけたらいいなと、私は考えています。

 

(追記:バヌアツにコロナが入って来そうになったときは、現地の保健省職員だけで必死にプロジェクトを進めていました。

本当にやばいと思ったときは、普通に彼らも仕事してます。そして、彼らが本当に困ったときには、ボランティアは帰国でした(;_;) 2020/4/19)

<日々たくさんの気づきをくれる、この国に感謝を込めて>

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました!

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2020/2/15

 

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