もう半月ほど前の話になってしまって全然タイムリーな話ではないですが、以前から取材されていた記事がついに配信されました。
5月の下旬から「青年海外協力隊の活動と、看護師の復職について」時事通信社の記者の方から取材を受けていましたが、
記事の配信が、ちょうど任期が終わる頃に記事なるということで、なんとなく感慨深い気持ちになっていました。
時事通信社から配信された「解説特信」の記事が地方紙に掲載されるということだったのですが、新聞になってびっくり( ゚Д゚)

紙面いっぱいを使って、私の写真とバヌアツの紹介記事がでーん!しかもカラー!
記事になると言っても、紙面の端にコラム的な感じにちょっとのるだけなのかと思っていたけれど、これは嬉しい誤算です。
どんな記事になった?
さて、記事の内容について一部抜粋しました。
↓↓見出し↓↓
夢は中断、でも復職選んで。

タイトルのセンスが良い(`・ω・´)
今年の1月、長年の憧れだった青年海外協力隊の一員として、南太平洋のバヌアツ共和国に派遣されました。医療で国際協力に関わりたいと一般の大学を卒業後に看護学校に入学。2年半の看護師勤務を経て派遣が決まり、「参加できることが嬉しくて、ようやく第一歩が踏み出せたという気持ちでした」

バヌアツ行き決まったとき、ほんとに嬉しかったなあ。懐かしい。
「予防が最高の医療」と…携わったのは、「ヨウズ」と呼ばれる皮膚の感染症を防ぐ啓発活動です。現地の看護師や子どもたちに手洗いの方法や検査キットの使い方を教えました。

「予防が最高の医療と考える看護師」ってなんかすごいこと考えてそう。
ところが、これからという時に受けたのが一時帰国の知らせ。…
(略)…「帰りたくないの一心で、受け入れるのに時間がかかった」と当時を振り返ります。

「帰りたくないの一心で、受け入れるのに時間がかかった」これは間違いない(´・ω・`)
「帰りたくなんてなかったよー!!」という記事を3月の帰国直後のブログににさんざん書きまくってましたorz
そして看護師へ復職します。
医療現場を離れた半年の間に「技術が衰えたのではないか」との懸念や
感染への心配はありましたが、「今できることを全力でやりたい」と看護師への復帰を決意しました。
こんなに上手くまとまって取材時に喋っていた記憶はないのですが、
記事になって上がってくると、なんだこのすごい人はー!というレベルでしっかりまとまっております。
私のことをリアルで知っている人や、いつも私のTwitterやブログを読んでくださっている人がみたら、え、誰?ってなってしまうかも。(笑)
私の提供した活動中の写真も同期3人と一緒に撮った写真も使ってもらえていますし、私のポートレートも良い感じでとってもらえています。

なんか賢そう、嬉しい。
記事が出来上がるまで。
5月の下旬にこの取材の話をもらってから、実際に記事になったのが7月中旬。
大体2か月弱かかって完成しています。記事の内容にもよるのだろうけれど、色々なところに内容の確認をとったり、今の職場で写真を撮らせてもらうにあたって、利用者さんに撮影の承諾してもらったり。
記事の内容が問題がないかを調整員さんに確認し、それをバヌアツ事務所の所長にチェックしてもらい、本部にも確認して。
ひとつの記事が出来上がるのって、大変なんだなあと思ったりしていました。
そんなこんなで、この取材の話もひと段落をしたことろです。
取材の話をもってきていただいた記者の方、ご協力してくださった職場のスタッフや利用者さん、JICAのスタッフの皆さん、ありがとうございました。
とても良い経験をさせていただきました♪
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました!
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2020/8/4
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