カフェにて。

いろんなこと

ブログに何を書こうかしらと考えながら、ふらふらと行きつけのカフェに着く。

PCを立ち上げて何書こうかと考え始めるけど、なかなか書きたいものが見つからない。

ベトナムで働いてた時の話でも…と思うけれど、仕事の話はなかなか書けないし、そんなに旅行に行っていたわけでもないし。

というより、気分があんまり乗らない。

どうしようかなあ…とレシートで鶴を折ってみたり、丸山桂里奈の炎上記事を眺めたりしながらだらだらしてると、2人組の女の子がやってきた。

高校生くらいだろうか、なんか勉強始めた。英語の勉強。
1人がもう1人の子に教えてて、5文型を徹底的に叩き込んでる模様。
SとかCとか、補語になるのはどうだとか容赦がない。

すごお。私、こんなに人に教えられる程、理解してない。(そういえば、私が5文型ちゃんと勉強したの、大人になってからだったかも。)

友達と一緒に勉強とかなんかいいなあ。分からないところ教えあったり、一方的に教えてもらうだけでも良いけど、そういうのってすごくきらきら。

私が高校の時、自分の時間を割いて、勉強の世話焼いてくれる友達なんていたかしら。いやあ、いなかったなあ。

そもそもそんなに友達いなかったし。
というか、誰かと一緒に勉強とかしたことなかった。
今思えば誰かと勉強して、自分があほだって思われるの嫌だったし。
思えばろくに勉強できないのに、自分が勉強できない現実すら直視できない痛い人生だった。

勉強だれかに教えてあげられるのもの素敵だけど、分からないことを人に教えてもらうのも、一つの勇気なんだなよなあと。

人様に助けを求めるっていうスキルが高校生の時に私に水一滴分でもあれば、
もう少し違った人生だったのではないかなあと、彼女たちを見ていて思う。

30過ぎて周りが少しだけ見渡せるようになって、自分が持ってるもの、持ち合わせていないものが少しずつ冷静に見渡せるようになって、

今まさに、彼女たちにあって自分には足りてなかったものを、劣等感も優越感もなく外側から眺めてる。

外側から眺められるスキルをいつの間にか身に着けていた自分に、
大人になったんだなあと、話す友達もいないのでカフェのすみっこで一人しみじみ実感する。

ただ無意味に年を重ねただけなじゃなかったんだなあと気づいて、気持ちが少し上に向いた。

2022/12/6

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